『100の恋、100のワイン』 第4話
時計の針は23時26分をさしている。
目白駅のプラットホームであなたに「また、明日ね。」と告げる。自動販売機の前、ポケットに手を突っ込んだままのあなた。いつもと同じ景色、いつもと同じ笑顔。 新宿方面へ向かう山手線が、ホームへ滑り込んでくる、たくさんの人を乗せて。 ドアが開いて、私が電車に乗るのとほとんど同時にあなたがこっちに背を向ける。 発車の合図。 私は心の奥で祈る。−お願い、一度だけ、振り返って−ドアが閉まる。あなたは振り返らない。発車するのと入れ替わりに、池袋方面へ向かう電車がやってくる。あなたを乗せるために。今夜も同じ。いつもと同じ。 ◇ ずっとあなたが好きだった。23歳の春から、4年間。 同じ職場で働いて、毎日あなたの横顔を見るたび、想いは膨らんでいった。 でも、私は知っていた。あなたに恋人があることを。 だからずっと、心を告げないまま、時だけがいたずらに過ぎていった。 ◇ 仕事をやめることに決めた冬のある日、私のために小さな送別会が開かれた。 その帰り道。 いつもと同じ、目白駅のプラットホーム。 「元気でね。」とあなたが言って「あなたこそ。」と私が言う。 池袋方面に向かう山手線がホームに入ってくる。ドアが開く。 あなたはなぜか乗ろうとしない。私に背をむけたままで。ドアが閉まる。 「もう一本、遅らせようかな。」そう言ってあなたが私を振り返る。 −どうして?− 喉まで出かかった言葉を飲み込んで私はただニッコリと微笑み返す。 胸の奥に、期待に似た何かが生まれる。 新宿方面に向かう電車がやってくる。 淡い期待を断ち切るように「じゃ、またね。」と言って私は電車へ。 手を振るあなた。 そしていつもと同じように、こっちに背を向ける。 私は心の奥で祈る−お願い、今夜だけは、振り返らないで− 発車ベルが鳴るその瞬間、突然振り返るあなた。私のほうに駆け寄り、手を取り、私を電車から下ろす。 「どうしたの?急に。」驚いたような素振りの私。彼の温かな手。 「どうして、辞めちゃうの?会社。」 −あなたを好きだから− 言わなかった。なんとなく微笑んだだけ。 「ずっと言おうと思ってたことがあるんだ。」 「何?」 「恋人とは、別れた。」 池袋へ向かう電車がやってくる。その音で続きを話す彼の声がかき消される。 でも、私の心には、はっきりとその声が聞こえる。 「君を好きなんだ。ずっと好きだった。」 電車から降りてくる人たちと、ホームで待つ人たちがその言葉に驚いたように私たち二人を見ている。静かになるプラットホーム。 「ずっと、君を好きだった。」 もう一度、彼の声。今度ははっきりと聞こえる。想いと言葉が私の中で溢れ返る。 それは涙に変わる。 「もう、遅いかな?」一生懸命な彼の声。 ホームの人たちが息を飲む。 首を横に振る、私。 「私も、ずっと、あなたが好きだった。」 いいたかった言葉。伝えたかった思い。 抱きしめられる。 彼の匂い、温もり。探していたもの。欲しかったもの。 唇が重ねられる。また、涙が溢れてくる。 プラットホームのどこかで、誰かが小さく拍手している。 プラットホームのどこかで、誰かが泣いている。 ◇ ずっと、信じていた。 いつか、きっとを。 どんなに手が届かなくても。 どんなにすれちがっていても。 愛はきっと 私たちの手に訪れるのだと。 ◇ その夜、私は初めて 池袋方面へ向かう山手線に乗った。
ワインの名は『ヴィラ・アルティミーノ・ブリュット ヴィラ・アルティミーノ トスカーナ/イタリア』
僕自身が探し続け、求め続けてきたスパークリング・ワイン。 ピノ・ノワールとピノ・ビアンコで構成された優雅で気品ある美しい味わい。シャープな酸と柔らかな気泡。言葉を失うほどの圧倒的な世界観。 ずっと手に入れたかった至極の喜び。恋するワインの弾む心を。